天満屋思い出
エピソード

Episodes of Memories

お客様からお寄せいただいた、天満屋思い出エピソードをご紹介いたします。

エピソード第5弾

20年程前、今は亡き伯母が当時8歳の私の息子に「いいものをあげましょう」と笑顔で小さな箱をくれました。
箱は古いものでしたが、開けてみると中にはピカピカの金貨が一枚。
息子は「僕の宝物にする!」と歓声をあげました。
伯母が購入した際の予約の返信はがきや領収書も箱に同封されていましたので、岡山天満屋さんが昭和46年に販売された純金小判型地金だと思われます。
息子の成長に伴って、何度か「売ったら少しは学費の足しになるかなぁ」と心が揺らいだのも事実ですが(笑)、あの時の伯母の優しい笑顔と息子の歓声が忘れられなくて、手放さないまま今日に至っています。

投稿者:まり

テーマ:ひと部門

子供の頃百貨店の内見会によく連れて行かれました。子供心には粗品が楽しみで家では結構便利に使っていました。40年前の上京の際、母に役に立つからと渡されたものがまだ残っていました。とてもしっかりした作りなのはあの時代だからかなあと思います。

投稿者:hajime okano

テーマ:催事・イベント部門

私は二十歳で結婚して、大阪から岡山に来ました。子供が生まれてからは、天満屋の屋上に遊びに連れて行くことが楽しみでした。アルバムの中に18年前に亡くなった夫と今年、52才になる長女の写真があり、こんなに昔から天満屋に行ってたんだなぁと懐かしく思います。今でも子供たちや孫たちと天満屋で買い物を楽しんでいます。
いつの日か、天満屋でひ孫にプレゼントを買うのを楽しみにしています。

投稿者:ゆきこ

テーマ:施設部門

小学校低学年の時、母に連れられてよく広島アルパーク店の天満屋に行っていました。華やかで美しい白色のワンピースを身にまとっている女性を見て、「私も大人になったら、こんな素敵なお洋服をたくさん買いたいなあ」と言ったのを覚えています。18歳の時、地元のスーパーでレジ打ちのアルバイトをして、天満屋でワンピースを購入しました。「自分が稼いだお金で、好きなものを買えるようになったよ」小さな声でそう呟くと、嬉しい気持ちが胸にこみ上げてきました。店長からもらった新札の一万円札を握り締めて、天満屋へ向かった時のドキドキした気持ちを、私は一生忘れることはありません。素敵な洋服をたくさん買える大人になったからこそ、一着一着を大事にしなければいけないなあと思いました。子供の頃憧れていたことや、生まれて初めて自分のお金で好きなものを買った時の感動を思い出させてくれる。天満屋は、私にとってとても特別な存在です。

投稿者:河合はつね

テーマ:商品部門

昭和34年に生まれてから小学校3年まで、天満屋の目の前に住んでいました。
従妹も近くに住んでいて、現在86歳の叔母(従妹の母)から何度も聞いたエピソードです。私と従妹がまだ2~3歳だったころ下着のシャツとパンツに人形を背中に背負い二人で天満屋に遊びに行き、くるくる回るお菓子コーナーからチョコレートなどを食べてしまったそうです。口の周りをチョコレートで汚した私たちを天満屋の若い男性社員の方が家まで送り届けてくれ、母と叔母はビックリしたとのこと。注意もされることなく、無事に帰れて良かったですというような事を言われて帰られたそうです。私は全く記憶にありません・・・
母は5年くらい前から認知症になり、3年前に83歳で亡くなりました。認知症になってからも、天満屋が大好きだった母を時々天満屋で連れて行き、シルバーカーでショッピングを楽しみました。3階か4階にあるカフェに入り窓際に座りカーテンを開けてみると、なんと私たちが住んでいたところが目の前に見え、母がとても驚き、喜びました。それからは、天満屋に行くたびに母がそのカフェに行きたいと言い、他の席が空いていても、その席が空くまで待ち、窓際の席に座って外を眺めている母を私たち姉妹で見守っていたことを懐かしく思い出します。

改めて生まれてから現在まで天満屋との思い出は本当に数多くあると感じ懐かしく思いました。

投稿者:チョコ

テーマ:ひと部門

私は子供の頃からよく日曜日には家族で天満屋岡山店さんに買い物に出かけていました。
中学生になっても家族で出かけていたある日から、従業員さんたちの接客している様子や
売り場で商品を手直ししている様子をいつの間にか興味深く見るようになり、
私も将来、大人になったら天満屋岡山店さんで婦人服販売員さんになって働きたいと思うようになりました。
残念ながら天満屋岡山店さんには就職できませんでしたが、
一応希望の職種の婦人服販売員として働くことはできました。
今も天満屋岡山店さんに行くと販売員の仕事は素敵だなぁと思っています。
これからも頑張って下さいね。

投稿者:木村初代

テーマ:ひと部門

子供の頃、お正月にもらったお年玉を持って、一人で天満屋福山店の初売りに行くことが毎年の楽しみでした。文房具売り場で3000円の福袋を買い、急いで家に持って帰り家族の前で福袋を開けると、「まあ!ええのが入っとるなぁ!」と言われ、子供ながらに「いい買い物をした」と思ったものでした。
文房具売り場は今はありませんが、お正月に親戚の子供達にお年玉をあげる時、昔は天満屋福山店に文房具売り場があったんよって、心の中で思っています。

投稿者:チョコレート大好き

テーマ:施設部門

おしゃれにも気を使うようになり少しずつ衣類が増えてきた中学生頃だったと思います。
以前から天満屋へは母に連れられよく行っていたのですが、決まってサンリオコーナーでした。ですが、その日は家具が並んでいる階で初めて自分のタンスを買ってもらいました。
そのタンスはとてもおしゃれで大人になっても、お嫁に行った今でもずーっと使っています。
娘がいるのでもし娘も気に入ってくれたらな…なんて思います。
余談ですが、その当時サンリオコーナーで買ってもらい使っていたハンカチや文房具、お弁当箱などは今現在娘が喜んで幼稚園に持って行っています。
何十年も使っていなかったのに大切に保管してくれていた母に感謝です。

投稿者:サッチ

テーマ:商品部門

天満屋は広島での待ち合わせ場所第一号。
私が福井から広島の大学に入学したのが45年前。本通り、胡町、流川方面での新歓コンパでは、私はもとより大半の新入生が会場への地理感は全くなかった。
そんな私たちへの定番の待ち合わせ場所は八丁堀、天満屋前。
誰もが悩むことなく間違えることなく集まれる交差点に位置するランドマークであり、大学時代を通しての待ち合わせ場所となった。
早く着いたり、雨が降ったりしているときは、天満屋内を「見てるだけ」のショッピングで楽しませてもらった。ただ一度彼女へのプレゼントにマフラーを考えたが、貧乏学生には手が出せなかった淡い想い出もある。

投稿者:高いカキの木

テーマ:施設部門

天満屋さんの4階は色んな県のごちそうが集まる素敵な場所です。小さいころから母に連れて行ってもらい「あれがほしいー、あれ買って!」とお願いしていました。今では自分で好きなように買えるので、色んなごちそうを試食させてもらい、これだ!と思うお菓子やおかず、お弁当を買っています。

投稿者:hika

テーマ:催事・イベント部門

昭和40年当時、子供だった私達にとって天満屋岡山店は魅惑のワンダーランドでした。
地下には、ぐるぐる回るお菓子の量り売り、
噴水の様にジュースが湧き出るジュースディスペンサー、
まるで宝塚歌劇の大階段をイメージさせるゴージャスな正面階段、
旧館のエレベーターは格子状の扉になっていて、階を昇って行くのが一目で分かり、
エレベーターガールさんが軽快に売り場案内をしてくれ、
新館のエスカレーターは、昇りと下りがクロスしていました。
見る物全てにドキドキで、乗る物全てが、遊園地のアトラクションに搭乗している様な
そんなワクワク感を、いっぱい演出してもらいました。
店内はいつも満員で、迷子にならない様に人混みをかき分けながら、母について行くのに必死でした。
やっとの思いで買い物を済ませると、
大食堂でお子様ランチを食べ、旗を戦利品の様に持ち帰るのが定番でした。
お子様ランチの旗は「やま天」マーク。
それが当たり前に思っていた私達は、他所で日の丸のお子様ランチを見た時、旗が違うと泣き叫んだものでした。
そんな嬉しい楽しい記憶は大人になっても忘れる事なく、今でも天満屋が大好きです。

投稿者:廣谷

テーマ:施設部門

歩いて10分あまりのところに米子しんまち天満屋さんができ、衝撃でした。
今はなきいろんな遊具、おしゃれでしっかりした子ども服、誕生日を祝ったお店、ポンパドールでは子供そして今年は孫もパンづくり体験、帰省した姪や甥と夏休みにできた砂絵などのコーナー、子育てのいろいろな場面で天満屋さんを利用させてもらっています。
シャッターチャンスはいっぱいありましたが、今と違いスマホもなく写真はありません。
今もいろいろな店員の方とお話しながら、時々長田のお茶屋さんではお茶を頂きながらショッピングを楽しんでいます。
200年を迎えられる天満屋さんに出かけるのを楽しみにしています。

投稿者:ひまわり

テーマ:施設部門

私は香川県出身なのですが、縁あって倉敷の人と結婚することになった時、天満屋で結婚指輪を選びました。宝飾品売り場の華やかできらびやかな中、応対してくださった方の笑顔も耀いて見えました。お気に入りのデザインの物が見つかり、何だか夢のような時間でした。私の新たな人生の始まりは天満屋と共にありました。指輪の小さな円の中にはいっぱいの人生模様が詰まっています。2人から4人家族になり、これからも皆で幸せを作っていきたいと思っています。

投稿者:楠本さゆり

テーマ:商品部門

エピソード第4弾

7年前に亡くなった母は、天満屋が大好きでした。
生前、母はお惣菜や御座候、記念日には、ちょっとだけ贅沢なお肉やケーキ・・青い包み、白い包み、私が帰るまで開けずに待っていてくれました。
でも、天満屋に行く本当の楽しみは、呉服売り場の則武さんに会うこと。
母と則武さんとの出会いは、私が着るお茶のお着物をふらっと見に行き、たまたまお声をかけて頂いたから。それからもう30年近くのお付き合いです。
気づけば娘の七五三から振袖まで、則武さんにすべて選んでいただいていました。
その娘が、まさか則武さんと同じ制服を着て働くことになるとは。
天国の父と母がいちばん喜んでいると思います。
我が家と天満屋は、これからもずっとずっと長いお付き合いになりそうです。

投稿者:きこ

テーマ:商品部門

小さい頃から母と妹とよく天満屋に行っていました。天満屋に着くとすぐ屋上で遊んでいました。いろいろな乗り物に乗って遊んでいましたが、中でも好きだったのが、ぶたさんのカードが出てくる体重計です。このカードは私が5才の時のものです。かわいいのでずっと大切に持っています。

投稿者:たかこ

テーマ:施設部門

今年の母の日にアンテノールで「あなたが贈りたいケーキは?」
とデザイン案を募集していて、子供がとても素敵なケーキを描いてくれました。
応募したところ大賞に選ばれ、母の日にパティシエの石田さんが、
ぶどうが沢山のった特大苺のオリジナルケーキを作ってくださいました。
表彰式をして頂きいい思い出を作ることができました。
家に帰り家族みんなでケーキを美味しくいただきました。

投稿者:かよちゃん

テーマ:催事・イベント部門

子ども達がまだまだ幼かった30数年前、お出かけした時の楽しみの一つとして、天満屋にあるモロゾフの喫茶店でひと休みするのが恒例でした。
時間が過ぎ、孫がその時の娘と同じくらいになりましたので、そろそろモロゾフデビューをと思っています。
ワッフルを一緒に頂きたいですね!

投稿者:ぼんちゃんまま

テーマ:グルメ部門

以前転勤で広島にいた時に、天満屋さんで夕飯の材料や簡単なお弁当を毎日買っていました。
そして今は娘が結婚して広島に住むことになりました。また天満屋さんにお世話になると思うとビックリですね。何か縁があるとつくづく思っています。

投稿者:純一

テーマ:ひと部門

私が毎日介護している90歳の母は認知症で、ほとんどの記憶が曖昧です。しかし、私が幼かった頃「天満屋へ連れて行くのが楽しみじゃった」ということだけは鮮明に覚えているのです。
★屋上では薄ピンク色のプラスチック製の乗り物券を握って「赤い観覧車に乗りたい」と願ったこと。モノレールから下を見下ろし立っている母に笑顔をで手を振ったこと。
★大食堂ではウインドウをまず眺め、食券売り場に行き「クリームソーダー」と大きな声で言えたこと。ウエイトレスさんの制服や食券を片手で切る姿に憧れて「大きくなったらここで働きたい」と言ったこと。
還暦間近の私に懐かしそうに話してくれ、私は涙が出ました。
母と私のように、天満屋が家族の絆を深める憩いの場になった人々が多くおられたと思います。また私にも娘がおり、天満屋には娘との素敵な思い出がたくさんあります。
天満屋の長い歴史と共に世代を超えて物語が続いていくのですね。
母が乳母車を押して私を天満屋へ連れて行ってくれたお返しに、これからは私が母を車椅子で連れて行く番です。
天満屋に感謝を込めて190周年おめでとうございます。

投稿者:横手 玉恵

テーマ:施設部門

もう20年ほど前に若くして亡くなった弟の大好物が、天満屋の地下で売っているローストビーフでした。
お正月が誕生日の弟のために、両親がちょっと贅沢をして買ってくれたのをおいしそうに頬張る弟の笑顔が、目に浮かびます。今年も大好きなローストビーフを妹とお供えしました。
天国でも食べてね弟よ。

投稿者:ポンタ

テーマ:グルメ部門

去年のてんまや水族館に私の母と2歳の娘を連れて、水族館デビューをしました。
娘は初めてみる生き物に大興奮!
一緒に見てまわっていると忘れていた記憶が甦り、私も小さい頃に母と何度か来ていたな…ととても懐かしくなりました。
3世代で行ける天満屋の歴史は深くてすごいなぁと思いました。これからも天満屋さんと娘との思い出を沢山作っていきたいです。

投稿者:かんばら

テーマ:催事・イベント部門

子供の頃、年末にお正月品を買いに父と一緒に行っていました。
ある年、父とはぐれてしまい
「お父ちゃん!!」と叫ぶと「りっちゃんここじゃ!!」の声が・・・
急いでその方向へ走り、抱きしめてもらったぬくもりは忘れられません。
今でも、店内でふと亡き父の姿を探す私がいます。

投稿者:りっちゃん

テーマ:ひと部門

母に連れられて行った買い物の終わりには、地下の食品街でアイスクリームを食べさせてもらっていました。当時は当然のように感じていましたが、今から思い出すととても素敵な思い出です。店内の飾りつけのカラフルな楽しい雰囲気も覚えています。すべてが明るくキラキラしている思い出です。

投稿者:かすが

テーマ:グルメ部門

子供の頃、母親と一緒に爬虫類展に行きました。
ヘビが苦手な2人ですが怖いもの見たさで入場し、コブラや大きなニシキヘビ、カラフルな模様の毒ヘビを見て回り、ケースに入っていると怖くないなと話していたら、最後のコーナーに大きな木に無数の小さなヘビが絡まっているのを見て、ヒヤーと叫んで外に飛び出したのを憶えています。
いまでも庭にヘビが出ると、その話で盛り上がっています。

投稿者:どんぐり

テーマ:催事・イベント部門

50年ほど前、天満屋の子供会に従姉妹達6人で入っていて、イベントがあると6歳年上のお姉さんやお兄さんに連れられてバスで出かけたり、全員タクシーに乗り込んで行っていました。
テーマソングのように「こどもの国のなかよし会 初めて会った友達も肩を並べて睦まじく 静かにお話し聞きましょう」みたいな歌があったように記憶しています。
また小学校の時に、大村崑さん司会の歌合戦に同い年の従姉妹と参加して、ちあきなおみさんの四つのお願いという歌を唄ったのも懐かしく思い出しました。
子供の頃からずっと当たり前にあるお店です。
色々な店舗が沢山増えていますが これからも頑張って頂きたいと思います。

投稿者:らんこ

テーマ:施設部門

天満屋で購入したもので、ずっと毎日身につけているものがあります。
22年前に二人で買いに行きました。
そうです、結婚指輪です。内側にそっと赤いルビーが埋め込んであるセリーヌの品。
左ききで、仕事でガラス製品を扱う主人はリングスタンドに保管していますが、私は毎日身につけています。
でも、家事、炊事のときはつけたくないので、外出のとき、家族のためにも交通安全、「無事帰る」とお守りの意味もこめて。

投稿者:かあたん

テーマ:商品部門

エピソード第3弾

今から8年前、男の子の初孫が誕生!
私には女の子しかいなかったので、主人も私も大喜び。
数え年で3歳になり、七五三の晴れ着を買いに天満屋に義理の息子同伴で行きました。
清水の舞台から飛び降りる気持ちで、高値の着物をお買い物・・。
しかし、その後次々と男の子が産まれ、結局3人着てくれて元を取りました!
それぞれに顔は違いますが着物は全く同じです。

投稿者:こま婆

テーマ:ひと部門

福山でデパートと言えば天満屋でした。
祖母は開店時からの生粋の天満屋ファンで化粧品から衣類に至るまですべて天満屋で買い求めていました。
祖母は90歳を超え今は施設で暮らしていますが、つい数年前までは年に数回は天満屋に行ってショッピングを楽しんでいました。
その祖母の口癖が「贈り物には天満屋が間違いない」でした。
福山でもここでしか手に入らないものや美味しい物が多く、今もわが家では、祖母の言葉を守り贈答品は天満屋です。
最近の祖母は物忘れがひどくなっていますが、先日、施設に天満屋の菓子を持参したところ、
包装紙を見てすぐ「なつかしいのぉー。これは天満屋じゃから間違いない」と決め台詞が出てきてうれしく思いました。

投稿者:クラリネット命

テーマ:商品部門

天満屋にはたくさんの思い出があります。

①ペットショップ
昔、葦川会館のある階(屋外)に、ペットショップがありました。
小学生だったころ、家でセキセイインコを飼っており、つがいが卵を産んでヒナが生まれたりして、
かわいがっていたのもあり、天満屋に行くと、
ペットショップに行ってセキセイインコを見るのが大好きでした。
たいてい母に連れられて買い物に行くのですが、
必ず「ペットショップに行きたい」と言って連れて行ってもらい、しばらく放置されていました(笑)。
ペットショップにもヒナがいることがあり、飽きずに眺めていたのを覚えています。

②屋上ビアガーデン
父が県庁に勤めていて、年に何回か、仕事終わりの父と合流して食事に行っていました。
夏には、屋上ビアガーデンによく行っていました。
当時、小学生だった私は当然ビールなんて飲めないので、ビアガーデンはどうでもよかったのですが、
大好きな料理メニューがありました。それは「オランダ焼き」という名前だったと思います。
お好み焼きの小型版のようなものでしたが、当時はとても珍しく、
家のごはんでは出てこない「オランダ焼き」がものすごくおいしく感じられて、
いつも「オランダ焼きがあるから」と親に乗せられて連れていかれていました。
今となっては、ビールを飲みにビアガーデンに行くのですが
またあの「オランダ焼き」が食べたいです。

投稿者:さとゆか

テーマ:施設部門

50年前くらいのことでしょうか、
父と鞆鉄バスに乗って福山で唯一の楽しみだった天満屋に(当時はよくてん山と言っていました)
一杯60円のうどんを食べに行きました。
たくさんの方々が食べている後ろに立って順番待ちをしました。
本当に懐かしい思い出です。

投稿者:チョコ

テーマ:グルメ部門

大好きなおばあちゃんの家へ、大きいお休みになればお泊まりへ行き、
必ずバスで天満屋バスステーションへ。
小さい頃はお小遣いをもらって屋上の遊園地で遊ぶのが贅沢で嬉しかったなぁ。
お正月は洋服の福袋を買ってもらうのが常。
そして、店舗で「お母さんと一緒でいいね」と言われるくらい若い祖母が自慢でした。
バスステーション下の某ハンバーガーショップやモロゾフの喫茶は時々しか食べられない代物で!
てんちかで書道の作品が貼り出されたらご褒美があって。
今のロッツに繋がる地下道は、暗くて怖かったけれど、なんとなくワクワクもしてました。
あの、独特な百貨店の雰囲気が、子どもながらにとても優越感というか…
私にとって、大好きなおばあちゃんとの一番の思い出の詰まった場所です。

投稿者:施設部門

テーマ:りいか

小さい頃、特別なお出かけの行き先は天満屋。
特に思い出に残っているのは水族館の催事。
家族みんなで魚のいろんな世界を見ることがとても楽しくて、ワクワクしていたのを覚えています。
その帰りに当時よく着ていた子供服の雑貨屋さんでお稽古バックや筆箱、文具を
家族みんなに選んで買ってもらった時の嬉しさを今でも鮮明に覚えています。

大人になった今となっては贈り物は必ず天満屋。
なにを贈り物しようと迷っていると、
販売員の方がひとつひとつ商品を大切に思いながら商品説明してくださるので、
私も自信を持って贈り物ができます。

これから先もずっとずっとたくさんの方の人生とともに天満屋がありますように。
私にとって天満屋は、幼少期からなかなか他では味わうことができない特別な空間です。

投稿者:はっし

テーマ:催事・イベント部門

お友達に誘われて、初めて開催する「てんまやキラキラお誕生日会」に参加しました。
お誕生日を知らないお友達と迎えるのにドキドキしていた恥ずかしがり屋の娘も、
天満屋のスタッフの方々に優しく接してもらい、
また、家ではなく特別な空間で誕生日を祝って貰え、
とても楽しく、誇らしい体験が出来ました。
当時5歳だった娘も13歳になりました。
ポラロイド写真で撮っていただいた写真を眺めながら、
大きくなったなぁと日々懐かしく思い、当時を思い出しています。
ステキな体験を、ありがとうございました。

投稿者:けいこ

テーマ:催事・イベント部門

天満屋岡山店の広場に以前ラジオ局のサテライトスタジオがありました。 ガラス張りで生放送の様子を、見て感じました。 当時のパーソナリティーのおしゃべりを懐かしく思い出します。 信号のすぐ目の前で丸い形のサテスタは、天満屋岡山店の憩いの場になりましたが、惜しまれながら閉鎖になってしまい寂しくなりました。 しかし天満屋岡山店の近くに別の場所にサテスタが復活し、またラジオの生放送を届けるのでとても楽しみにしています。 サテスタと天満屋の思い出を大切に残し、岡山の憩いの場として忘れない気持ちです。

投稿者:うらしまたろう

テーマ:施設部門

エピソード第2弾

年末母の遺品を整理していて、見つけました。
昭和35年頃の天満屋の屋上の写真です。家族で出かけ、お昼はお子様ランチでした。
兄と一緒に屋上で乗り物に乗り、楽しかったなーと懐かしく思い出しました。

投稿者:ババばーちゃん

テーマ:施設部門

約30年前ぐらい、地下の食料品売場で買って食べた豆腐が、とても美味しかったです。昔ながらの豆腐屋みたいに水の中に豆腐があって、一丁ずつすくって容器に入れてくれる光景を、今でも覚えています。いろんな豆腐を食べてきたけど、同じ味にまだたどり着いていません。もう一度、食べたいですね。

投稿者:くし

テーマ:グルメ部門

アルパーク店ができて、もう30年近くになるのですね。
当初は実生活からかけ離れた百貨店の高級感に、恐る恐るで売り場を巡っていました。
それからというもの月1回程度訪れるようになり、70歳近くになった今では、回数こそ減ったものの、
シニア生活の前向きなリズムづくりの一つとして、また身近な百貨店として、訪ねることを愉しんでいます。

投稿者:中山野見

テーマ:施設部門

津山店をよく利用しています。
新規オープンの日、開店前から友人と並んで入った店内は、何もかも新しくキラキラしていて、当時高校生だった私たちはワクワクしながらお買い物しました。
それから、20年。店内はだいぶ変わってきているけれど、歩いているだけで時々ふと様々な思い出が蘇ります。
学校帰り制服で寄り道したこと。成人式のあと両親と買い物したこと。
短期のアルバイトで色々教えていただいたこと。友人の結婚祝いや出産祝いを選んだこと。
そして今、一歳になった娘と一緒に買い物を楽しんでいます。
購入したファーストシューズを履いて、嬉しそうに歩く娘を見ていると、
これからもたくさん思い出を増やしていこう、と思います!

投稿者:せき

テーマ:施設部門

私が小さかった頃、必ずサンリオコーナーに立ち寄り、買い物をしていました。
サンリオの店員さんは、いつも笑顔で、そして親切だったのをよく覚えています。
毎回、購入した品以上に楽しみだったことは、店員さんのされる美しいラッピングでした。
家に帰ったら、店員さんがされたラッピングを真似て自分でも何度も試してみたことが思い出されます。
また、プレゼント用の場合には、店員さんがラッピングに加えて可愛らしいマスコットをつけてくださるのも嬉しく、
サンリオコーナーに行く楽しみの一つでもありました。

投稿者:コマツナさん

テーマ:ひと部門

高校生の時、好きだった人と自転車に乗って天満屋を訪れました。
きれいなガラス食器が並べられたコーナーで、彼は幼い時、ガラス細工を見ることが好きだった、と無口な彼から話してくれました。
まだお互いお小遣いの範囲内でしか遊べませんでしたが、
天満屋で商品を見ながら、彼と話をしたことはわたしの甘酸っぱい思い出です。

投稿者:ちわ

テーマ:施設部門

18歳まで県北で育った私にとって天満屋は特別な場所でした。
小さな頃、年に1,2回、家族で来ていた時のワクワク感!屋上で遊具に乗り、食堂で「お子様ランチ」。
昭和40年代、赤いチキンライスやスパゲティは天満屋に来ないと食べれませんでした。チキンライスの上に乗った旗を大切に持って帰りました。少し大きくなった時にスパゲティミートソースを初めて食べたのも天満屋でした。
関西の大学に進学することになり、旅立ちの1週間前に家族で天満屋に来ました。
父は万年筆とハンカチを買ってくれました。春の風を感じていました。
その旅立ちの前日に父は倒れ、急逝してしまいました。
天に送る日に上を見上げると青い空に桜の花が満開でした。風が吹くと桜の花が一枚二枚と落ちていました。
私は初七日を済ませて、予定通り、大学の寮に行きました。
父が選んでくれた万年筆とハンカチを握りしめて。
随分と時間が過ぎ、息子はあの時の私の歳になり、私もいつのまにか父の歳を超え。
折にふれ、天満屋の食堂のスパゲティの味が思い出され、食堂でお子様ランチを食べる親子連れを見るたびにあの日の自分のワクワク感を重ねています。
そして春の風が吹く頃には毎年、嬉しそうに万年筆を選んでくれた父の姿が浮かびます。

投稿者:風車

テーマ:施設部門

「今日寄って帰ろうや」中高時代の友人達と、福山店やポートプラザ店に寄っては、ウィンドウショッピングをしながら、少し未来の”大人の女性”に憧れと希望を抱いていました。
あれから15年。福山を離れ、東京に出ましたが、”大人の女性”に、少しは近づけたかな?
里帰りの折は、あの頃の友人達と同じ場所で、憧れた大人服のショッピングをしています。

投稿者:はっち

テーマ:商品部門

エピソード第1弾

子供服売り場にあるキッズスペース。
子供が遊んでいるのを見ていると、どこからか私の名前を呼ぶ声。
『同名もいるものなんだな』と思って振り向くと、満面の笑みで手を振る旧友。
お互い母となり、地元を離れ頑張っています。
地元に帰ってきて立ち寄れる場所があるっていいな!

投稿者:さつまママ

テーマ:施設部門

1年記念日に彼とペアリングの下見のため4℃に行きました。
とっても可愛いデザインがあって「可愛いなー・・」と思わずつぶやくと「これください」と目の前でサプライズプレゼントしてくれました。
その日から2年ほど経ちましたが、1度も外したことはありません。
今でも大切な思い出、大切な指輪です!

投稿者:あーちゃん

テーマ:商品部門

成人式を半年後に控え、振り袖を買いに行きました。値段はピンからキリまで。
たくさん合わせた末に二つにまで絞り、最後に私が「安いしこっちにする」と言うと、店員さんはニコニコしながら「親孝行な娘さんですね」と母に言いました。
すると母は急に泣き出し、何度も頷いてくれました。
滅多に泣かない母のその姿と、優しく見守ってくれた店員さん、
たくさん広げられた鮮やかな振り袖が今でも忘れられません。

投稿者:ひかる

テーマ:商品部門

1990年代、子供の頃、両親と一緒に新年の初売りの一万円抽選会に行っていました。
毎年朝早くから並んで、時には当時表町商店街にあったファーストフード店が通常より早く開店したりと、並んでいても楽しかった事を今でも覚えています。
抽選の結果は、自分がまだ小学生なのにもかかわらず、玄関用の豪華な絨毯が当たり、今でも実家で健在です。

投稿者:もんすけ

テーマ:催事・イベント部門

30年前バスと船と電車この3つの乗り物を乗り継いで初めて行ける特別な場所が天満屋でした。その時の一番いい服を着て母と姉とお出かけ。
地下街では、見たことのない食べ物やいい匂い、クルクル回る量り売りのお菓子のタワー。
キョロキョロしていて、見るもの全部買ってといっていました。
今でも、地下街に行き、量り売りのクルクル回っているお菓子たちを見ると懐かしく買ってしまいます。

投稿者:まき

テーマ:グルメ部門

妹の20歳のお祝いにBURBERRYで買ったニットのワンピース。
10年近くたった今も大切にしてくれ、結婚前の顔合わせなどの大切な時に着てくれるとか。
たまたま旅行で来た岡山の天満屋での購入でしたが、今は岡山に住み天満屋で日常の買い物をしています。
購入した時の事を思い出す度に、月日の流れを感じ、不思議な気持ちになります。

投稿者:ぽぽん

テーマ:商品部門

私にとって天満屋は、大好きだった祖母に連れられて行った、思い出の場所です。
大正生まれの祖母にとって、様々な節目に天満屋へ行くのは自然なことだったようです。
子どもながらに、そこで見たキラキラした世界はまさに憧れで、
「大人になって、頑張ってお仕事をしたら、素敵なものが買えるようになるんよ」
という祖母の言葉とともに覚えています。
お昼は地下のお寿司屋さんと決まっていて、そこで食べる巻き寿司が私の大好物でした。
祖母は3年前に亡くなりましたが、天満屋は今でも私のパワースポット。
これからも夢を与え続けてくれる場所であってほしいと願っています。

投稿者:藤原 由加

テーマ:施設部門

一年前、新春福袋企画で両親の金婚式のお祝いが当選。
お得な価格で和食店での素晴らしいお祝い会席を楽しみ、写真店でとてもステキな2人の写真を撮影できました。
お陰様で素晴らしい金婚式の記念になりました!

投稿者:ドローシー

テーマ:催事・イベント部門